ウミネコ美容室 

あなたの「仕事」を生かしていますか?

 
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フルセ ハナ
原宿、沖縄西表、長野県から神奈川県横浜市センター北に拠点を移し、顧客「0」からの独立。いろんな土地で過ごしたノウハウで女性サロンオーナーとして経営をしています。 2015年にネイルサロンロピを高校の同級生と立ち上げ、2016年アトリエサロンUminekoオープン 一人一人の幸せをテーマに美容師として、女性として、経営者として成長させるべく活動中です!
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4月になってから一週間経ちました。新しい環境に変化した方も多い季節ですね。少し私の体験談も交えて20代の過ごしてきた時間を書いてみます。

私が初めて就職した美容室は三軒茶屋に2店舗あるサロンでした。

スタッフが10人くらいで、私含めて3人が新卒で入社しました。

私は1年でスタイリストになって、25歳までには「何かを達成して土台を作るんだ!」と漠然な夢をもっていました。

入社して毎日シャンプー練習して家に帰ってからワインディングを一回巻いてから寝て朝練しに毎朝早くサロンへ行っていました。

おしゃれもしていたかったので、Nailを塗ってベッドの上でほおづえついたまま朝まで寝て手がしびれて死にそうになったり、立っている時間が長すぎて足首がなくなるくらいむくんでしまったりと、めまぐるしい半年間でした。

私の所属していた会社は息子さんが店長、お父さんが社長でサロンワークは引退している典型的な家族経営でした。

先輩も当時のやる気だけある私からするとあまり厳しくなく優しい。同期も美容師が一番!というよりはワークライフバランスを大切にしている子たちでした。ですが、1年後にスタイリストになりたい私は、もっとお学びたい気持ちが強くありました。なのでシャンプーを受かって1ヶ月も経つと物足りない日々になり、よくある「このままここで働いていていいのかな。。」と不安になりかけた頃、

「来月から1店舗にするのでアシスタントはみんな辞めてもらいます」「みんなありがとう!ばんさい!!」(社長のみばんざいしてました。わたしは未だに”ばんざい”は苦手です)

社長からいきなり、全体ミーティングの最後にこんな話で締めくくられました。

「え??これってリストラってこと???」

20歳でリストラされたんですよね。すごい経験です。

ただ思ったことは「ラッキー」ということ。今度こそもっといいサロンで勉強し直せると考え、次の日のお昼休憩の時には一度落ちた原宿のサロンへ面接希望の電話をしていました。

そこからの紆余曲折の私の話は長くなってしまうので今は割愛しますが、はっきり言えるのはこの経験があったからこそ、【経営するということは大きな責任を伴う】ということでした。

私は5店舗の美容室を転々とし、派遣美容師も経験し、フリーランスでも美容師をしていました。たくさんの体験はだれにも真似できない私だけの宝になりました。

都内で美容師をしていたときは「技術さえあれば成功できる」と思ってひたすら技術を練習していました。そのうち、ヘアメイクのアシスタント兼メイク、コンテストメイク、ヘアーショウメイク、撮影メイク、衣装スタイリング、衣装の返却と休みの日がどんどんなくなり、手当もつかない。その環境では「勉強できてるんだから感謝してね」と言われていました。

都内で一人暮らしをして手取り16万もない日々で持ち出しのお金がかさんでいき、身体も心も苦しくなってしまいました。

そんな20代前半。私は就職したときから掲げていた「25歳までに何かを成し遂げる」

「この夢は達成できないのではないだろうか。」と思いました。

外部の仕事はもちろん楽しかったですし、サロンワークで技術が上達して認めてもらえたときの感動もありました。当時の先輩や上司には感謝しています。

だけど…

自分の仕事は「対価」の払ってもらえない仕事なのだろうか。

ここが私の中で大きな暗闇になっていき、24歳の時に美容師を辞めました。

そして2ヶ月後には西表島で仕事していました。美容師ではなく売店の売り子として。

そこで今までの私に植え付けられていた仕事とルールが一番大切という考えや、縦社会ど真ん中にいた私には、きらきらした自由な発想で生きている多種多様な人たちとの出会いが待っていました。

ここの話も長くなってしまうので…笑 また別でお話しします。

私は少し心と身体のリハビリを終えて、思いました。

まだ美容師として結果をだしていない。

そこから長野で美容師を再開し、5年間成績はトップの美容師になれました。

そして、無謀にもまったく住んだことも、行ったこともない横浜のセンター北にUmineko美容室をオープンさせました。

私は今、サロンワークもしていますがスタッフと別の空間で仕事しています。

これはスタッフにもっと自分で考えて自分の人間力を培って欲しいからです。

働く環境はかなり改善してきました。いくらやりがいがあっても労働環境が良くなければ仕事は続けられないからです。私は身をもって体験してきましたから。

経営は経営者の能力と実行力、人間力であること。

だからこそ自分も苦しむコトが多くありました。

スタッフを大切にすること。ここは私も学びの途中ではありますが、

経営で利益をだし企業体力を生み必要なときに投資できること。

・スタッフの売上を確保できる仕組み化をすること

・変化させることをおそれず逆算思考で成功させること

・PDCAをすること

・自分自身のファシリテーション能力を高めていくこと

・今の仕事できる環境を「あたりまえ」と思わないこと

Umineko美容室は新規来店動機で一番多いのは紹介です。

これはスタッフがお客様に美容師として信頼されている証の数字です。

11月に入社したスタッフも指名のお客様がもう少しで100人に届きそうになっています。

「お客様の喜んで頂けること=スタッフが働きやすいこと」

私の仕事はこの部分に最大限の結果をだすこと。

そしてこれからも「笑顔」の連鎖を作りながら仕事をしていきたいです。

20歳でリストラされてどこのサロンでも続けてこれなかった私ですが今、こうして仕事を楽しみながら生きています。

失敗より怖いことはあきらめること。感謝出来ない時間を増やしてしまうことです。

幸せな仕事は自分の心持ち次第ですね。

 

 

 

 

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原宿、沖縄西表、長野県から神奈川県横浜市センター北に拠点を移し、顧客「0」からの独立。いろんな土地で過ごしたノウハウで女性サロンオーナーとして経営をしています。 2015年にネイルサロンロピを高校の同級生と立ち上げ、2016年アトリエサロンUminekoオープン 一人一人の幸せをテーマに美容師として、女性として、経営者として成長させるべく活動中です!
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